1999年頃は私も若く、まだまだハッスル(死後)していた頃である。
そんな頃の写真をキラークイーン隊員が発掘してくれたので公開。
どうも自宅のMOに保存されていたそうな。
私ももっと詳しく調べればありそうなんだが、長い間PCの故障などもあったりなどで、ほとんど残っていなそう。
では早速1枚目。
当時はフェルッカしか存在しないスリリングな世界。
この頃は、TAR少佐ほか初期メンバー(BCVギルド設立前)と第二期メンバー(BCV設立後)で、この後またもりもりと人が増えた時代でもある。
そんな理由もあって、BCVはロールプレイ&PKKギルドとして、ご近所との交流も深かった時代だった。
セリフと後ろのバッグから推察するに、殺さん=キラークイーン隊員が何かを持ってきたんではないだろうか?
さすがに細かいところは思い出だせないか…
次、2枚目
BCVといえば整列。
とりあえず整列がなければBCVが成り立たないと言っても過言ではないくらい大事である。
そこらにどこかで見たことのある連中がいるが、いまだに別ゲームを絡めて付き合いがあるメンバは割愛。
特にこの水色鹿帽子は割愛する。
上のグレー紫マントはおそらくツバサの人?
左上の黒服女性はUMUのリサさんか?
茶色の鹿帽子はだれだ…くまおさんか?
この頃はかにまるこも、まだリリースされたてのはずなので初々しい。
次、3枚目と4枚目。
V型の整列をしようとしているところ。
左の白い人は、ちづるさんか。
また「はずかしい」とからしくないかにまるこ。
赤帽子はだれだろう。
Saiさんなきもしなくもないが…
5枚目。
右にMMRが登場。
BCVはここの初代ギルドマスター「ピカード」氏に初期出資をしてもらって設立されたのは初期メンバーのみが知る事実だったりする。
ちなみにMMRは私の別キャラの元参加ギルドだったり。
6枚目。
写真を撮ってる間にもこんなに賑わっていくユー。
当時はブリテインにいくと、画像処理の関係で地獄のラグでまともに歩くこともできない。
そういう事情もあり比較的人の少ないユーへの退避者も多かった。
ラストの7枚目。
最後のキメの一枚である。
当時のユーの活気も見れるいい一枚。
だれか当時のBCVの写真を持っていたら、ぜひとも提供してほしい。
連絡先は掲示板やメールで一向に構わない。
この場を借りてお願いする。
そういえばもうひとつ。
ここ最近、毎週やっているとあるバザーイベントにちょくちょく顔を出すようにしている。
不要物資を利用してもらうためというのもあるが、広報活動も兼ねてである。
そんな活動の最中、10年前くらいに見たことがある人に出会った。
なんともタイムリーな話だが、いまだにBCVが活動している様子を見て安心したらしい。
新しい人には「スポット的な活動」と思っていたようだが、その人の一言のおかげで、新しい人にも認知が少なからず広まった様子。
今でこそ少数になってしまったが、Yamatoシャードを盛り立てるためにも、いつか再び活気を取り戻させたい。
そう切に願う。